「21グラム」について

2003年制作のメリケン映画

 

ついこの間、深夜の放送を録画して観た。観るのは2回目だが最初からしゃんと観れたのははじめてだった。尺の関係で若干カットされた部分もあるだろうが、一通り観れたと思う。

 

言葉の表現がよくないが、結構早い段階でショーン・ペン演じるポールが結構糞野郎じゃねぇのか?という引っかかりがあって、さっきまで映画の感想をネットで漁っていたわけ、同じ意見はないのかと

 

構成編集が特殊な映画なのと、俳優達の素晴らしい演技が光る映画なのでその点についての感想が多く、同じ意見を見つけられなかったので、ちょっとブログ書こうかなと思ったとです。

 

───で、感想、思ったこと、感じたこと

 

一応メインの主役は心臓移植を受ける大学教授の「ポール」だと思われる。

とても自己中心的で頑固者、犯罪を犯しても後悔しなさそうなタイプな描かれ方だと感じた。それ故、ラストでやるべき事を何故避けたのか、そこだけなんか設定が一貫してない。

 

具体的に・・・、身体への負担と移植待ちリストから削除される危険があるタバコをトイレでこそこそ吸う、弱った自分を支えてくれている妻に対する冷徹さ、公にされないはずの移植された心臓の持ち主を手段を選ばず探し、その妻とすっかりいい仲になる。殺人の準備をするという所

簡潔に言うと”自分のルールが崇高な男”である。身分がしっかりしている以外は好き勝手やってる思いやりのないオッサンで全然好きになれない役柄。

 

メイン側のヒロイン、ナオミ・ワッツ演じる「クリスティーナ」、演技がとても素晴らしい。心臓の持ち主の妻であるが、この人って元薬中だよね?という描写がある。しかし、暮らしぶりは中流階級以上で裕福な描写だ。単純な悲劇のヒロインではない。というか多分そこが脚本の真の狙いじゃなかろうか

 

で、多分こいつが脚本と監督の内では真の主人公であろう ベニチオ・デル・トロ演じる「ジャック」、wikiすのままの引用になるけど「前科者だが信仰を支えに妻と二人の子供と懸命に生きている男」 付け加えるなら生活はとても苦しく貧しいということ

 

心臓の持ち主と子供二人を車で轢いてしまう表面的な悪役であり物語上でなんらかの判断と解決をすべき対象なのだが、様々な場面で描かれる彼の人間性はというと、血が昇り易いが善悪の判断はちゃんと分かっておりそれ故、深く深く後悔する。そして何より若気の至りのツケで生活環境があまりよくない。まともな人間も環境が変われば道を踏み外してゆくのは大人になればだれもが知るところだろう。

 

『ポール、クリスティーナ vs ジャック』物語後半はこの構図で進んでゆく

私の視点で表すと”愛憎に富むポール&クリスティーナと孤独なジャック”の対比の物語になってゆく

 

前述の「(ポールは)ラストでやるべき事を何故避けたのか」

これは結局 ポールは内弁慶の腰抜けだったということなんだろう。言葉にすると辛辣なんだけどとてもリアリティのある人間像だ。ブログを書いててなんかひとり納得してしまった(笑)。腰抜けだから法で裁かれる立場にまでは堕ちずに暮らしてきた、そういうキャラクターなのだ。

 

クリスティーナはどうかというと、愛憎に富むルールを飛び越えてゆくことにあまり躊躇がない人間なのかな?というくらいでよく分からなかった。道を踏み外すだけの素質は十分にあるとは思う。

 

ジャックはね。弱さと実直さが溶け合っていてとにかく私はこの映画の中じゃあとても好きです。こういう人間に明るい明日がある映画が一番だと思います。

 

映画に限らず、物語の終わりが何かの始まりである作品が名作の

条件だと感じてます。あれこれ理由を付けていい作品だったと思い込まなくちゃいけないような後味の悪い作品は駄作です。

「21グラム」はリアリティのある群像劇で、映像の力強さ、演技の上手さがひかるよい作品でした。編集が難しいことになってて入り込みにくいけどね。