「才能」と「天才」

人生を左右せしめる最終兵器である。またそういう状況で使われてきた歴史が・・・(嘘

 

全っ然気にするこた~ないただの言葉です。

 この2つを使う人の中で、ちゃんと自分の中でしっかり意味を確立して使ってる人がどれくらいいるのだろうか?

 

「お前は才能が無い」なんて言う人いるけど、きっと分かってない。なんとなくのイメージで使ってると思われる。だから気にする事は無い。自分の判断を一番に信じろ!と言いたい。

 

 

 

「才能」は 歩幅です。 

 

有る無しではなく 大きさです。

 

 

よく遺伝子的な差まで才能の枠に含めて語る場合もありますが、遺伝子的な差はDNAの差だからね。

 

才能は皆有る、大きさが違うだけ!

 

・・・歩幅の大きい人と、小さい人が同じ道を同じ時間歩いたとする。どちらが先に行けるか、辿り着けるか?

いわゆる世間で才能が有るといわれる人たちは歩幅が大きいのです。ただそれは元々大きい人もいれば、小さかった人もいます。大きくするための鍛錬や、道しるべとなる先達、教え導いてくれる人生の先輩、打ち込める環境等様々なことがあって結果として

「あの人、才能あるよね」状態になっているのです。

 

「天才」はさらにその先の状態であります。つまり、天才なんて居ないのです。才能の大きい人がその道で成功した場合なんかに「大安売り」「大特価」みたいな謳い文句みたいな感じで貼り付けられるシールみたいなものなのだ。

才能が小さかった人は「私は皆の○倍練習した」とか言うよね、大きい人がその状態だといわゆる「天才」になりうる確立は高いと思われる。