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大晦日

徒然

今年はいろいろなことがあった年でした。

 

やりたいこと、やるべきこと、未来に向けて進めておくこと、今年中にと考えていたことの内7割近くはやれたような気がする。というかまだ細々とやっててたぶんこのまま年越して行くのだ

 

つい最近やっとこさ新しいWebページの準備に取り掛かり、来年1月中はそこにちまちまと形にする作業の予定

 

そこでちょっと前のイラストを再スキャンして整えてるんだけど、やはり手書きのイラストは絵の具が褪色したり飛んだりしてちょっと悲惨、こればかりは水彩絵の具をメインに使ってるから仕方ないのでデジタルでブラッシュアップしてる。これがまあなかなか地味に時間が掛かる。デジタルでこのレベルまでやれるだろか?なんて考えながら Webで見栄えのするように手を加える。

 

2016年はデジタルイラストに力を注いでいく予定、どこまでのレベルに行けるのかちょっと期待しつつもアナログの絵というか線というか、デジタルでは出せない何かが潜んでいるのに早速気付いてしまった。そこはどうにかしなくちゃいかんと思う。

 

そのひとつの答えは分かってて

海外の上手いなと感じる派手な仕事してるイラストレーターさんで、アナログである程度描いたものをベースに(たぶんスキャンして)その上にデジタルで色を塗っていくスタイルの人をチラホラ見かけてて(日本にもいらっしゃいます)、多分そういうことなんだろう。デジタルってのはこの世には存在しないものだから、それはつまり命がないってことだから絵そのものの力が無いのでしょうね。

 

最初にこの手法を知ったときはなんだかトンチンカンだなと漠然と思った、無駄に感じたのだ。でも今は多分わたしもその手法がデジ絵製作の最終ルーティーンになると予感してる。というか、ほぼ確信している。

 

テクノロジーの進歩で知識と時間があれば過去の偉大な画家にならびうる絵を、アナログではそうやすやすとは創り得ない作品を生み出せる…けれども魂が入らない、そこでやっぱり手書きに頼るんだなと

 

まあいくらでもやり直しが効いて寿命がないわけだから、勝負の意気込みがなくなって気迫も入らないしとか考えるといろいろマイナス面はあるけれど商品としてのイラストに絵画的に必要な要素が不可欠かと問われたら、そうでもない。他人の作品で飯食う人もいるわけで・・・。

 

これは絵に限った話じゃなくて純粋に夢中になって創作活動をしている人がある時期に、今後もつづけていくかどうか決断するひとつのポイント、壁だよね。信じて進んできた道の先の世界が案外ガッカリするものだったという壁

 

器用な人やずる賢い人は置いといて、馬鹿まっしぐらで他に目もくれずやってきた人間はもう前に進むしかない。ガッカリしながら前へいくのだ。そのうちいいことあるかも知れないしね。てなわけで来年も前へ、未来へ、ひとつひとつ一歩一歩目標に向かって行きたいと思います。

 

みなさんよいお年をお迎えください。