2年経ち

今朝、最後の表紙イラストをメールで送り

月刊地域情報誌のお仕事はこれにて一区切りとなりました。

 

2012年、震災後の焦燥感があった時期に水彩でカラーイラストを本気でやってみようと、それまで漫画家アシスタント、商業誌漫画家(一瞬でしたが)、文芸同人誌に漫画で参加する等、公私共にずっと黒白で描いてきた ”絵描き道” から彩色の世界へと進みました。それから間もなくして旧友からの紹介で デザイン事務所の社長さんとの縁がはじまり、一昨年の今頃でしょうか表紙のお仕事をいただき 2015年12月号の表紙までの2年間を担当させていただきました。

 

振り返ると、2年は長くもなく短くもない・・・結果的には”自分の水彩イラスト”を模索していた私には丁度よい時間だったと思います。

 

毎々月 気に留めて見ているかたはあまり居られないでしょうが、わたしは都度、目的意識と実験をもって取り組んでいました(これは自由に描かせてもらえる環境のおかげなのです)。その為、プロとしてはあるまじき状態ですが・・・納得できる月とそうでない(試みが失敗におわった)月のイラストが存在しています。

 

最初のころは黒白の名残りと水彩の融合を念頭に部分的にGペンとカラーインクを使っていて、頭の中のイメージとしては浮世絵(版画)を目指す完成系としています。それを3枚描いた後、最初の意識の変化がありました。

 

「過去にとらわれず、得意を辞めて水彩絵の具本来の長所を引き出すように使おう、水に頼ろう」

 

こうして春になると色を薄く薄く塗り重ねることで細密な写実的な表現に成功、画面の中の空間に光を捉えることができる様になりました。それから数枚つづけてまたその後も飛び飛びこの手法を ”ベーシックなスタイル” として使いました。

 

ただこのままでは自分の絵ではないなと…

細密な写実絵画というのは積み重ねの絵であり、修練と時間に裏切られない絵であると私は捉えていて、言い換えると描き続けていれば誰しもがそれなりに辿り着け使いこなせる技法なのでそこを問題としたのです。

 

2014年の年末、得意と技法を捨てて更に形も捨てることにしました。形を形と捉えないように描くというちょっとどうかしている訳ですが…これは、描き慣れている人は手癖で絵が描けてしまうのですが、それを捨てるという理論の極地です。「人」や「木」等ありふれたものを描くとき、描き慣れた人は対象をあまり見ずに印象と頭の中にすでにある「人」や「木」のイメージで筆を進めている状態があるはずです、そしてそれに気付く時があるはずです、そこで視界の中の色だけを意識するように…結果これは大失敗でした(苦笑)

 

絵画として追求するならまだしも ”イラスト”のしかもお仕事なのでこの道を進んではいけないなと反省して、ベーシック・スタイルで時間を稼ぎつつ次に向かう目標に ”形を捨てよう” とする前の月に描いた一枚、これがまあよく描けていたのですがどうやって描けたのか自分で理解できていなかったのでその ”感じ” の再現を試みました。

結果的になんだったのかというと(いくつか前の記事に描いてありますが)

 

”肩の力を抜いた” 絵です。

 

細かく言うと…集中しすぎない、一生懸命にならない、技を(意識的に)使わない。

そういった ”意識の変化で描けるスタイル”(しかも時間がかからない)、ベーシック・スタイルに続きこの手法も引き出しの一つになりました。「スケッチのような絵だね」と言われてたしかにそうだなと…これが2015年春

 

ひとつ得てまた捨てての繰り返しで、まだまだ自分の絵というものは別のところにあるなということで次に形をもっと簡素にしてしまおうと、いわゆるディフォルメですね。これは ”肩の力を抜いた” 絵の時に木の葉を茂った部分を丸で表現してうまくいった手応えの糸を手繰る目論見がありました。それ+形だけでなく ”色の簡素化” もひとつの目的にしました。

 

水彩画は基本、白色を使いません。紙の白を使うし塗り残しを生かすというのがありますが実際には白い色や、まぶしいほどの光や光の反射は白く眼に認識されるそこに色を着けよう。私のなかので感じる色を光に着けよう…と成って今までとは一風違う、イラストって感じのイラストが出来上がりました。

 

形の色を簡素化し、光に色を着ける。

 

これが大成功、面白い仕上がり

一年前の自分が想像できなかったイラストが描けてました。まあそれでも自分の絵には後一息・・・そこで ”自分のなかで感じる色” の選択に方向性を持たせることにしました。といってもこれは描いている最中の ひらめき でした。こうして最後の3枚は自分の絵、イラストになったなという確固たる手応えを得ることができました。

 

2年は長くもなく短くもない・・・結果的には”自分の水彩イラスト”を模索していた私には丁度よい時間だったと思います。

 

こうした機会をいただけた事、充実した2年間でした。

ありがとうございました。

 

関係各位の皆様に深い感謝を