絵の属性についての考察と、目指した水彩画のスタイルついて - 1 -

毎度ご無沙汰しています

 

 

絵には属性がある

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1、技術(伝統含む)

2、根気(真面目)

3、イデオロギー(時代)

4、情熱(全力)

5、着想(トリッキー)

6、気合(瞬発)

7.好悪(ファンアート含む)

8、無欲(無我)

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絵によって1つないし複数の属性が入っている。

 

 

絵に限らず人の道では、一所懸命だとか全力を万事尽くすだとかそういったことは美徳であるという概念が日本で育った私の中にはあるんだけど、これはメディアの影響だろうね。昔話ではおおむね正直者であることが美徳だった気がする。この美徳は賞賛する目安になっているでしょう。知らず知らずに賞賛を期待し一所懸命になっていたりすることもあったと思う。確かに一所懸命やっていると何かを掴むことができるんで否定はしないし、私自身、才能をそうやって育ててきた経験があります。

 

 

話がちょっとだけそれるけど・・・

”才能”は育てる事が出来ます。持って生まれた才能はそれぞれあるんだけど、その才能は当たり前に等しくなくそれぞれ”大きさ”が違っています。この才能を大きくしていくには、この世で最も大きく偉大な力”積み重ね”を一所懸命やっていくのが一番確実です。

 

この”才能と天才”についてもいずれ書こうと思う。

生きてるうちに書き残しておきたい漫画のテーマの1つでもあるのだけれど・・・結論は天才なんてのは「大特価」みたいな見出しに過ぎないんだよってこと、だから積み重ねを諦めないでいれば凡人の域は越えていけるから安心して下さいといったような話です。才能は歩幅だよ。才能を育てる=大きくする=歩幅が広がる。

 

 

ーーーーーーーーーーーー話を戻します。

自覚している”集中の深さ”に何段階かあるんだけど、もっとも深い集中でもって一所懸命、情熱を持って全力で物事に向かうことが正解だとどこで学んだのかやってきたわけです。水彩を真面目に学ぼうと取り組んだのが2012年からなんだけどその後、縁があり仕事として絵をかくようになって二年くらい経った頃でしょうか・・・どうやら私の情熱は人一倍熱くとてもよく空回りする。ってことに気付きましてね・・・。

 

どうも全力を尽くせばいいってモンでもないぞ!というか、そういった気持ちの変化が丁度、水彩画の方向性について模索してる時期にハマったんです。で、話すと不真面目だと怒られそうだけど、ある時の絵をね、仕事の絵なんだけど、描くときにあんまり集中してない描いたらいいものが出来上がった。何がいよのか理屈は分からないし言葉にもできないんだけど、兎に角、コレはよいぞ!という感覚があって、そこから絵の属性についての考察なんぞを始めた訳です。

 

 

私が主に使っていた水彩技法は以下の2つです。

 

①下地を塗ってから(塗らない場合もある)薄い色を重ねて重ねて色に深みを出しつつ空間を描く技法…これで仕上がるのは細密なリアル描写です。属性表でみれば「技術と情熱と根気」の絵です。これは2014年の春に到達して気に入っていたんだけどここがゴールじゃないだろうな、というのはなんとなく感覚にありました。

参考にしていたのは David curtisさんの水彩画集、塗り方やなんかはだいぶ意識してやってた。彼の領域まで行くには何年かかかるだろうな

 

②アニメ塗り、主戦をカラーインク(リキテックスの奴)をGペンで引いて、なるべく濁りのないように塗り重ねる回数を制限して描く技法(主線が黒だと濃すぎるから

紫に近い青色をブレンドして作る)。見やすい技術の絵です。別に水彩でやらなくてもいいけど水彩しかないし!というね(笑)

 

で、水彩画の最終到達点として何か自分だけのものを見つけないといけないなとは常々思いつつ迷走しながらまずは技術を身に付けていきました。2014年初期には浮世絵的な配色と分かりやすさ、デフォルメを意識したり。んで、実際に何をどうすれば次のステージに行けるのかわからなかったから(これは師を持たない近代の絵描きの難題のひとつじゃないかな?)技術を求めた。技術ってのは物差し的に見る文にも使う側にも修練の度合いが分かりやすいのと、それ以降に崩していく場合にもやはり基礎的な技術がないとただの遊び以上にはならないしで身に付けて損ナシです。才能も大きく育ちます。

 

不真面目に描いてよいのが出来たが理屈がわからず再現できないぞ!分かっているのは下塗りをしなかった。その1点だけ

 

手間を省いて集中もしすぎないで描いたのをよい絵と感じたのはなんなのか?

 

・・・ここで美徳の話に戻る。

刷り込まれた美徳、誰がアレを最良としたのかも分からん。

人生を振り返る・・・何時からか難しい人間に成長して人間関係がうまくいかなときに積み木を崩してしまう。これは多分、私の情熱過多からくる空転なんだろうなと生き方というと大袈裟だけど絵も同じか、みたいな

 

 

何年か前に知人の紹介で描いた水彩画をその知人がよく褒めてくれたんだけど、私個人にとってはもの凄くつまらない絵だったのね。全然一所懸命じゃないし力は出し切らず万事も尽くさず、ただ自分の内にある綺麗な部分だけで我を捨てて描いた絵なの

”我のない絵”って呼んでた。

 

多くの人が関わるほどに我が邪魔になるし、捨てたほうが円滑にいくんだよね。そんな事も振り返りながら出した答えが

 

一所懸命辞めるわ ・・・でした。

 

技術があると使いたくなる。

対象を見れば見るほど全ての情報を描きたくなる。

そうした欲求、煩悩とか我とかそういうのを捨てるわ

 

そこをスタートラインに水彩画を描こうとして3ヶ月くらい経ってまた描けました。

よい絵が描けました。それを見て感じるのは何にもしてないようで、意識してないだけで高度な技術が使われている。無意識なだけ、あとは力みがない。完成までの我慢いらずの無欲の絵です。

 

世の中に出して評価はされないと思うけど、この道を進めば自分の絵として勝負はできるなという実感があります。で、ここまで書いておいてその絵は無いという(笑

その内何か載せますね。

 

 

ということで、2014年の末か新年に書く予定だったエントリーを現状を踏まえてあの頃の予定より少し未来まで書けました。

 

 

断っておきますが基本、技術は技術で練習をして高めてます。どんな絵を求められても描けるように準備は怠らずに、ええ、自分不器用でくそ真面目ですから