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世界陸上をチラ見してて

福士加代子さんが出てないなっておもって大会最終日?の今頃ちょっと調べたら昨年骨折しててオリンピックに向けての調整もあり出場してなかった。

 

私がこの人凄いなって感じたのは(もしかしたら昔の記事にあるかな?)、各種企業の陸上部が参加する駅伝大会で ごぼう抜きしてたのをラジオで聞いてからです。日頃鍛錬を重ねている方達を次々に抜き去るってのは尋常じゃないなっていう

で、まあそれ以前にもTVで放映される世界大会等で見かけていたけどトラック競技ではエチオピアやケニアの選手との差…肉体の才能の違いがちょっと酷いくらいにあって、厳しい試合に挑んでいるなって印象でした。後にマラソンに転向して皆さんご存知2013モスクワ世界陸上マラソンで銅メダルを手に入れた訳ですが、年齢的にも世界大会レベルだとそろそろ最後の走りになるのかなと・・・そこで福士さんはマラソンを走るのか、はたまたトラック競技を走るのか?どっちを選ぶんだろうな~って、日の丸を背負ってしまうと個人の意思や思想よりも誰かの思惑に沿うようにトロールされるものだと思うけれど(根拠はない)、最後にどの競技を走るのか気になったのでした。

流布される真理っぽい言葉について

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”努力は報われるとは限らない”

 

どうも真理っぽくて皆納得しちゃって使ってるけどさ

 

こいつは嘘だからよろしく頼むよ

 

目標達成=努力(の結果)・・・そもそもこれが違うじゃないか、これ、同列に語って比べているのが真理っぽい言葉のマジックというかトリックです。

 

そもそも努力って言葉は私自身使わないけど、使うなら”練習”や”鍛錬”や”修行”

その結果、やる前に無かった何かは手に入れているはずでそれは努力が実ったって事です。”どんな実がなるかは分からない”けど何か実るので大丈夫だよ。

 

イラスト:タイトル「イメージボード 1566」
なにか描きたくなって衝動があって描いた。

アニメのイメージボードっぽいの仕上がりを狙った。

全部塗ればいいってもんじゃあないなって気付いてからはむしろ是くらいで十分だ感じている。

絵の属性についての考察と、目指した水彩画のスタイルついて - 1 -

毎度ご無沙汰しています

 

 

絵には属性がある

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1、技術(伝統含む)

2、根気(真面目)

3、イデオロギー(時代)

4、情熱(全力)

5、着想(トリッキー)

6、気合(瞬発)

7.好悪(ファンアート含む)

8、無欲(無我)

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絵によって1つないし複数の属性が入っている。

 

 

絵に限らず人の道では、一所懸命だとか全力を万事尽くすだとかそういったことは美徳であるという概念が日本で育った私の中にはあるんだけど、これはメディアの影響だろうね。昔話ではおおむね正直者であることが美徳だった気がする。この美徳は賞賛する目安になっているでしょう。知らず知らずに賞賛を期待し一所懸命になっていたりすることもあったと思う。確かに一所懸命やっていると何かを掴むことができるんで否定はしないし、私自身、才能をそうやって育ててきた経験があります。

 

 

話がちょっとだけそれるけど・・・

”才能”は育てる事が出来ます。持って生まれた才能はそれぞれあるんだけど、その才能は当たり前に等しくなくそれぞれ”大きさ”が違っています。この才能を大きくしていくには、この世で最も大きく偉大な力”積み重ね”を一所懸命やっていくのが一番確実です。

 

この”才能と天才”についてもいずれ書こうと思う。

生きてるうちに書き残しておきたい漫画のテーマの1つでもあるのだけれど・・・結論は天才なんてのは「大特価」みたいな見出しに過ぎないんだよってこと、だから積み重ねを諦めないでいれば凡人の域は越えていけるから安心して下さいといったような話です。才能は歩幅だよ。才能を育てる=大きくする=歩幅が広がる。

 

 

ーーーーーーーーーーーー話を戻します。

自覚している”集中の深さ”に何段階かあるんだけど、もっとも深い集中でもって一所懸命、情熱を持って全力で物事に向かうことが正解だとどこで学んだのかやってきたわけです。水彩を真面目に学ぼうと取り組んだのが2012年からなんだけどその後、縁があり仕事として絵をかくようになって二年くらい経った頃でしょうか・・・どうやら私の情熱は人一倍熱くとてもよく空回りする。ってことに気付きましてね・・・。

 

どうも全力を尽くせばいいってモンでもないぞ!というか、そういった気持ちの変化が丁度、水彩画の方向性について模索してる時期にハマったんです。で、話すと不真面目だと怒られそうだけど、ある時の絵をね、仕事の絵なんだけど、描くときにあんまり集中してない描いたらいいものが出来上がった。何がいよのか理屈は分からないし言葉にもできないんだけど、兎に角、コレはよいぞ!という感覚があって、そこから絵の属性についての考察なんぞを始めた訳です。

 

 

私が主に使っていた水彩技法は以下の2つです。

 

①下地を塗ってから(塗らない場合もある)薄い色を重ねて重ねて色に深みを出しつつ空間を描く技法…これで仕上がるのは細密なリアル描写です。属性表でみれば「技術と情熱と根気」の絵です。これは2014年の春に到達して気に入っていたんだけどここがゴールじゃないだろうな、というのはなんとなく感覚にありました。

参考にしていたのは David curtisさんの水彩画集、塗り方やなんかはだいぶ意識してやってた。彼の領域まで行くには何年かかかるだろうな

 

②アニメ塗り、主戦をカラーインク(リキテックスの奴)をGペンで引いて、なるべく濁りのないように塗り重ねる回数を制限して描く技法(主線が黒だと濃すぎるから

紫に近い青色をブレンドして作る)。見やすい技術の絵です。別に水彩でやらなくてもいいけど水彩しかないし!というね(笑)

 

で、水彩画の最終到達点として何か自分だけのものを見つけないといけないなとは常々思いつつ迷走しながらまずは技術を身に付けていきました。2014年初期には浮世絵的な配色と分かりやすさ、デフォルメを意識したり。んで、実際に何をどうすれば次のステージに行けるのかわからなかったから(これは師を持たない近代の絵描きの難題のひとつじゃないかな?)技術を求めた。技術ってのは物差し的に見る文にも使う側にも修練の度合いが分かりやすいのと、それ以降に崩していく場合にもやはり基礎的な技術がないとただの遊び以上にはならないしで身に付けて損ナシです。才能も大きく育ちます。

 

不真面目に描いてよいのが出来たが理屈がわからず再現できないぞ!分かっているのは下塗りをしなかった。その1点だけ

 

手間を省いて集中もしすぎないで描いたのをよい絵と感じたのはなんなのか?

 

・・・ここで美徳の話に戻る。

刷り込まれた美徳、誰がアレを最良としたのかも分からん。

人生を振り返る・・・何時からか難しい人間に成長して人間関係がうまくいかなときに積み木を崩してしまう。これは多分、私の情熱過多からくる空転なんだろうなと生き方というと大袈裟だけど絵も同じか、みたいな

 

 

何年か前に知人の紹介で描いた水彩画をその知人がよく褒めてくれたんだけど、私個人にとってはもの凄くつまらない絵だったのね。全然一所懸命じゃないし力は出し切らず万事も尽くさず、ただ自分の内にある綺麗な部分だけで我を捨てて描いた絵なの

”我のない絵”って呼んでた。

 

多くの人が関わるほどに我が邪魔になるし、捨てたほうが円滑にいくんだよね。そんな事も振り返りながら出した答えが

 

一所懸命辞めるわ ・・・でした。

 

技術があると使いたくなる。

対象を見れば見るほど全ての情報を描きたくなる。

そうした欲求、煩悩とか我とかそういうのを捨てるわ

 

そこをスタートラインに水彩画を描こうとして3ヶ月くらい経ってまた描けました。

よい絵が描けました。それを見て感じるのは何にもしてないようで、意識してないだけで高度な技術が使われている。無意識なだけ、あとは力みがない。完成までの我慢いらずの無欲の絵です。

 

世の中に出して評価はされないと思うけど、この道を進めば自分の絵として勝負はできるなという実感があります。で、ここまで書いておいてその絵は無いという(笑

その内何か載せますね。

 

 

ということで、2014年の末か新年に書く予定だったエントリーを現状を踏まえてあの頃の予定より少し未来まで書けました。

 

 

断っておきますが基本、技術は技術で練習をして高めてます。どんな絵を求められても描けるように準備は怠らずに、ええ、自分不器用でくそ真面目ですから

 

自分の絵(作品)とは何か?

コレは創作作業を続けていく過程で誰しもが一度は遭遇する関門だと思う。いわゆる”オリジナル”という属性です。その関門をくぐって先に進むか気にしないか、はたまた気付かないか…そもそも何を持って「自分の絵」とするのか


そのひとつの回答をば書いておこうとBlogを更新する。
もしかしたら悩んでる人に簡素ではあるが道標になるかもしれないし、何かしらで突然私が死んだとしても、ああコイツはこんなどうにも煮ても焼いても食えない物事をぼんやり考えてやがったんだなと酒の肴になるように


一言でいうなれば


自分の絵ってのは
自分自身が一番大切に想う自分が描いた絵のことです。



この領域に入って創作できるようになると人から何を言われようがどんな評価がくだされようが気にならなくなります。反省点や不味い部分があっても自分が一番大切に想ってるから社会的な評価などいらなくなるからです。私はこの状態で創られた作品こそがその人の作品だと考えます。

弊害としてこの領域に入ると作品を発表する気がすごく低下してこの世から気配が消えていくんだけどとても幸福なんです。



何か絵を描いて載せようと考えていたのに何にもかいてないから今回も文章だけ


次は2014年水彩イラスト総括として書き残しておきたい事や気付いた事とかこれから先の話やなんやかんやをあーだこーだ書きます。絵には種類があってだとか、先月から”我を抜く”ってことに取り組んでるとかそんな話をetc

 

 

 

2015年の抱負

もう年賀状が販売開始しているということで、早いけど来年の抱負を考えてみた、生きてる内にやっておきたい事を年にひとつくらいずつ叶えよう…です。

去年も似たような事を考えていた気がするけど、本を1冊作りたい。短編漫画5~6篇詰め込んだヤツ。夏くらいからちょとプライベートな漫画を描く機会が巡ってき現在ネームをノロノロ描いてるんですが、ソレを描きながら「プライベートで描くのはこれが最後かもしれないな」なんて大真面目に感慨にふけっていたのです。でもやっぱ生きてる内に

「1冊くらい自費出版本出しておきたいよね!」

という一年前の自分の気持ちが再燃してきまして、引き出しにしまってあるシナリオを今朝ゴソゴソやってて、去年は本当に豊作でたくさん名作シナリオがあるんですよ(他人から見て名作かは全然問題じゃない)。1冊100頁と考えても2冊は出せる(描けば!)くらいの良作シナリオがあるわけです、現在。
で、シナリオを見比べてどれを描いてどの順番に載せるかとか考えているとまあ面白い面白い、遠足前の準備気分です。正確には遠足にもっていく”おやつ”を選ぶときの気分です。

ここ数年の一年の流れが→年の初め~初夏くらいまでやる気出して後はダラダラって展開が続いててもう少し意欲的に生きていくって事に力を入れていかなきゃ駄目だなと…、とにかく1冊作るべく行動していきます。

 

FaceBookやってるとそっちで気持ち発散しちゃってBlogおろそかになってる。実際になにもやってなくても書いたことで気持ちが区切られてる。そんな訳で次に記事UPする時には何か簡単な絵でも添えようと思います。そんな近況。

 

今年の流行語は「STAP細胞」しかないだろ、良くも悪くも!

 

 

でんす。

この世でもっとも大きな力は積み重ねだと想います

 

反復練習の積み重ねで誰もがそれを実感できると想います

 

そう想ってる私が

 

絵だとか漫画だとかを描くのに大事な事は何ですかと聞かれたら

 

答えは決まっています

 

描いてない時間が一番大事でんす。

believes

 

流行語みたいに

「人は一人では生きられない」とか耳にするけど、それを物理的な意味でしか捉えてなかったですよ。昨日までは!

本当の意味は「人は誰かを信じなければ生きてゆけない」ですよ!!



何がどうしたかって、そう、自分の命題に気付いたみたいです。ずっと視界の上の方に暗い部分があって、でもそんなこと忘れるくらい当たり前のように生きていたけど正体がわかったんです。私は他人を全然信じないなって、誰も信じてないわけではなく軽い接点だったりパッと出会った瞬間の他人に持つイメージというかその人の話だとか勘ぐってるんですね、いい意味で騙される距離に立たないわけです。野球で言えば表も裏も私はひとりずっと守備についてるんですね。そうなった理由や出来事を思い出すと際限ないんだけども、ここはひとつ”ギンギラギンにさりげない俺のやり方”ってのを見つけないといけないなと、学ばないといけないなとちょっと反省したのでした。

同時に「信じるものは救われる」って言葉の真理具合にちょっと凄いなと、時代が違えばワンピースは聖書になりえたか?とかまあいいんですけど、勢いあまって変な宗教にだけは入らないようにしたいと思います。


M本に深い感謝を